【舞香亭日誌】自分を見失ってしまった者へ

人は時折、自分が何者だったのかさえ見失ってしまう。忘れたわけではない。ただ、心の奥深くにしまい込みすぎて、手が届かなくなってしまっただけなのだ。

「思い出してください。」
その言葉だけでは、鎖された記憶の扉は開かない。

必要なのは、無理に思い出そうとすることではない。記憶が安心して帰ってこられる場所を、心の中につくること。
古い書物には、香りは魂の記憶を運ぶ風であると記されている。

香炉から立ちのぼる煙は、心の奥へと流れ込む。やがて、鎖されていた扉が音もなく開き、一冊の絵本を抱きしめて眠った夜、夕暮れに母が呼びかける声、雨上がりの土の匂い、初めて夢を語った朝の胸の高鳴り———そんな忘れかけていた景色が、涙とともに蘇る。
舞香亭幻想香炉

失われし己を呼び戻す香

人は幾度となく、自らを見失う。誰かの期待を背負い、傷つくことを恐れ、いつしか本当の望みや喜びを忘れてしまう。これは失われた魂の欠片を静かに呼び戻し、本来の自分と再び巡り逢うための薫香である。

準備材料

調合手順

  1. 【過去を浄める】
    乳鉢にフランキンセンスとベンゾインを入れ、ゆっくりと砕く。その間、「偽りの名よ去れ、本来の名よ現れよ」と静かに七度唱える。
  2. 【魂の根を結ぶ】
    シダーウッド、ローズマリー、スイートマジョラムを加え、すべてが均一な香粉になるまで丹念に擦り合わせる。焦らず、ゆっくりと息を整えながら行うこと。
  3. 【生命を宿す】
    蜂蜜またはローズウォーターを一滴ずつ加え、指先で丁寧に練り合わせる。柔らかな粘土状となったなら、胸の中央へ手を当て、「私は私へ帰る」と三度唱える。
  4. 【静寂の熟成】
    小さな円錐または団子状に成形し、朝日も夕日も直接当たらぬ静かな場所で七日間乾燥させる。その間、誰にも触れさせてはならない。香は調合者の魂を映しながら成熟していく。

燻らせ方の心得

「失われたものを探してはならない。静かになれば自ら帰る。」

  1. 部屋を静かに整え、鏡または白い紙を正面に置いて香へ火を灯す。
  2. 炎を吹き消し、立ち昇る煙を見つめながら、自分の幼い頃の姿を心に思い浮かべる。無理に思い出そうとしてはならない。
  3. 煙が穏やかに流れ始めたら、胸へ両手を重ね、「私は私であってよい」と静かに唱える。
  4. 香が燃え尽きる頃、忘れていた夢、大切にしていた願い、本当の笑顔が、少しずつ心の奥底から姿を現すであろう。

香りの魔術百科
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