俳句の季節俳句の季節
わずか十七文字で世界を表現しなければならないというのに、その中に季語やら何やら様々な制約を設ける不思議な「俳句」。にもかかわらず、今日では世界から注目される文芸に成り得た「俳句」。
俳句を詠みながら抱いてきた疑問を文献やネットの中に探りつつ、明日の俳句の有りようを考えてみた。

俳家の酒俳家の酒
俳句の歴史をたどると、酒とのつながりの深さを知ることができる。俳諧が盛んだった江戸時代では、大きな酒造が俳諧師を経済的に支えてきた。俳句に因んだ銘柄の酒も幾つかある。
ひとは、心を解放するために酒を飲み、酔って言葉を束縛する。そうして生まれた俳句という文芸は、いったい何を表現するものなのだろうか?一人の酔っぱらい俳諧師とともに、古代の書物をめくりながら考えてみる。

俳家の酒超解芭蕉野ざらし紀行
旅と俳句はよく馴染む。松尾芭蕉は旅の中に句を求め、心を磨いて俳聖となった。けれども、手軽に楽しい旅行ができる現代に、芭蕉の時代のような俳句が果たして詠めるのだろうか?
そんな疑問とともに読み進める芭蕉の紀行文「野ざらし紀行」。ページをめくるたびに、考えていたのとは違う松尾芭蕉像が浮き上がってくる。高尚な文章にまとめ上げられたこれまでの現代語訳は、果たして芭蕉の本質を映し出しているのだろうか?