常世の国から届いた不老不死の香り

非時香菓垂仁天皇の御代、宮中に一つの命が下されました。「常世の国へ渡り、非時香菓(ときじくのかくのみ)を求めよ」と。

常世の国。それは海の彼方にあるとされる、時の流れから切り離された国でした。そこには老いも死もなく、枯れることのない草木が生い茂り、神々に近い者たちが暮らしていると信じられていました。
そして、その国に「非時香菓」と呼ばれる果実があるというのです。その名の意味は、「時を選ばず香る果実」。ただ香り高いだけの珍しい果実ではありません。いつでも実り、いつまでも香り、食した者に永遠の命を与える不老不死の霊果———

田道間守(たじまもり)は船を用意し、海へ出ました。そして、どれほどの年月が過ぎたのか分かりません。ただ、宮中では季節が幾度も巡りました。春になれば花が咲き、夏になれば草木が茂り、秋には葉が落ち、冬には雪が降りました。
やがて彼は、海の果てにある常世国へ辿り着きます。そこでは、時間そのものが違っていました。草木は季節を知らず、花は散ることを恐れず、非時香菓は時を待つことなく香っていました。

田道間守はその枝を手折り、果実を得ました。そして、それを持って再び海を渡ったのです。
長い旅の末ようやく大和へ戻った時、彼は、八つの竿に八つの枝を結びつけていました。しかし、そこで田道間守が知ったのは、垂仁天皇がすでに崩御されていたという事実。

田道間守は天皇の御陵へ向かいました。手には非時香菓。そこからは、あの甘く清らかな香りが漂っていました。しかし、その香りを嗅ぐべき人はもういません。
田道間守は嘆き悲しみ、やがて天皇の後を追うように亡くなったと伝えられています。

こうして不老不死の実は、誰に不老不死を与えることもなく、古代の物語の中へ消えていきました。けれど、非時香菓の名は残りました。
そして後世、この霊果は橘と結びつけて考えられるようになります。冬にも葉を落とさない常緑の姿。春に咲く白い花から漂う清らかな香り———それはまさに、常世国にある不老不死の果実を思わせるものでした。

香りの魔術において、非時香菓とは「永遠を呼び寄せる香」です。老いを止めるためだけではありません。愛する者の記憶を消さず、願いを朽ちさせず、過ぎ去った時間の向こうへ香りを届けるための香です。
古代の人々が海の彼方に探した不老不死の実。その実はもしかすると今も、目には見えない香りとなって、静かにこの世に残っているのかもしれません。


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