【舞香亭日誌】金儲けをしたいと願う者へ

「金儲けに役立つ香が欲しい」と言って、男がやってきた。その目の奥には、もっと豊かになりたいという欲望と、今ある財を失うことへの不安が入り混じっていた。
彼は言う。「商売がうまくいき、金が自然と集まってくるような香を調合して欲しい。人より多く稼ぎ、何不自由なく暮らせるようになりたい」と。

私は知っている。金は人に力を与える一方で、人を縛るものである。大金をつかむほどに失うことを怖れ、守るために時間を費やし、さらに、増やすために心をすり減らす。金を持つことが目的となれば、いつしか金に人生を奪われてしまうと。

だから私に、金を呼び寄せる香は調合できない。
調合するのは、富への執着を鎮め、金の働きを見極めるための香。迷妄を断ち切り、金は社会の血液であるということを思い起こさせるための香。

金は社会を巡る。一人の人間を富ませるためのものではない。それに気付いた時、金は本当の富をその者にもたらす。
舞香亭幻想香炉

金を扱う者の香

富への執着を鎮め、金の本当の働きを見極めるための薫香。金を手に入れることに心を奪われ、その重みに身を縛られた者に、富とは所有するものではなく、社会を巡り、人々の営みを支えるものであると気づかせるための香。

準備材料

  • パチュリの乾燥葉(調合比3):大地に深く根を張る香り。物質的な欲望を鎮め、富に対する執着を抑え、地に足のついた判断力をもたらす主薬。
  • フランキンセンスの涙滴(調合比2):精神を浄化し、目先の利益に曇った心を澄ませる樹脂。金の価値をより高い視点から見つめ直すための香。
  • ベチバーの根(調合比2):大地の深部へと伸びる根の力を宿す香料。欲望に振り回されない安定した心と、財を守るための忍耐を象徴する。
  • シナモンの樹皮(調合比1):古くから繁栄や商業的成功、活力を象徴する香料。ただし富を追い求めるためではなく、金を生かす行動力と決断力を呼び覚ますために用いる。
  • ベンゾインの樹脂(調合比1):甘く温かな香りで心を満たし、足ることを知る安らぎをもたらす樹脂。所有する喜びではなく、分かち合う豊かさを思い起こさせる。
  • 月光で清めた真水または蜂蜜(少々):異なる香料を一つに結び、金の巡りを象徴するための触媒。

調合手順

  1. 【大地の基礎】
    月が満ちていく夜、黒い石の乳鉢を用意する。まずパチュリの乾燥葉とベチバーの根を入れ、ゆっくりとすり潰す。金を手にすることよりも、金に支配されない心を持つことを願いながら、「大地に根を張り、欲望に流されるな」と心の中で三度唱える。
  2. 【富の浄化】
    次にフランキンセンスを加え、樹脂が細かな粉末になるまで丁寧に砕く。目先の利益や他人との比較から心を解き放ち、金の持つ本来の価値を見つめることを意識する。
  3. 【繁栄の火】
    シナモンの樹皮とベンゾインを加え、全体が均一になるまで混ぜ合わせる。ここでは富を独占する願いではなく、自らの働きによって得たものを、誰かの暮らしや社会のために生かす意志を込める。
  4. 【結実(練り合わせ)】
    すべてが混ざり合った香粉に、触媒となる真水または蜂蜜を少しずつ加える。指先で練り合わせ、耳たぶほどの硬さの粘土状にする。金が人から人へと巡るように、五つの香料が一つの香となるまで、ゆっくりと練り続ける。
  5. 【成形と乾燥】
    香料を小さくちぎり、円錐状に成形する。これを風通しの良い日陰で、三日三晩じっくりと乾燥させる。強い日差しは避け、大地の静かな力が香に宿るのを待つ。

燻らせ方の心得

「金を追うな、金を巡らせよ。金を握りしめる手に充足はない。」

  1. 朝日が昇る頃、あるいは商いを始める前に、換気のできる場所で耐熱性の香炉を用いて香を焚く。
  2. 立ち上る煙を見つめながら、自分が何を得ようとしているのか、そして、その富を何のために使おうとしているのかを静かに問いかける。
  3. 香が燃え尽きる頃、金を得ることだけでなく、金を生かすことの意味を心に刻む。自分のもとに留めることだけが富ではない。誰かのために働き、社会を巡る金の流れの中にこそ、豊かさは生まれるのだと。

舞香亭レシピ
魔術百科五十音索引
人気ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ

【舞香亭日誌】怒りを持て余す者へ

怒りほど、甘く人を欺く感情はない。それは正義の衣をまとい、「あの者が悪い」と囁く。傷つけられた記憶を何度も磨き上げ、復讐だけが心を救うのだと嘯くのである。

ある夜、一人の男が私のもとを訪れた。
「許せない相手がいるのです。」
低く押し殺した声には、長い年月をかけて積み重なった憎悪が滲んでいた。
裏切られ、嘲笑われ、人生を狂わされたという。

「その者を苦しめる香を調合してください。私の怒りが届くような香を。」
私は男の瞳を見つめた。そこに映っていたのは敵ではない。怒りという炎に焼かれ、自分自身を見失った一人の人間———

誰もが「相手を罰したい」と口にはするが、怒りは、敵へ向ける刃ではない。本当は、「これ以上傷つきたくはない」という、魂の叫び。
だから私は、他者を傷つける香は調合しない。私が調合するのは、自らの炎を鎮める香り。

「憎しみを消してください。」
そんな願いは、誰も口にはしないが・・・
舞香亭幻想香炉

怒りを鎮める香

燃え盛る怒りを外へ向けるのではなく、自らの内なる炎を静かな灯火へと変えるための薫香。裏切りや理不尽、深い憎しみに心を支配された者が、復讐ではなく己自身を取り戻すために焚く香である。

準備材料

調合手順

  1. 【炎を鎮める】
    静かな夜、あるいは朝の薄明かりの中で乳鉢を用意する。まずフランキンセンスとサンダルウッドを入れ、ゆっくりと細かく砕いてゆく。この時、「我が怒り、静けさへ帰れ」と七度心の中で唱える。
  2. 【心を和らげる】
    ラベンダー、ベルガモットピール、ベチバーを加え、香りが一つになるまで円を描くように丁寧にすり合わせる。怒りを押し込めるのではなく、少しずつ解きほぐすような気持ちで調合する。
  3. 【慈悲を宿す】
    粉となった香料へローズウォーター、または蜂蜜を一滴ずつ加えながら練り合わせる。香がしっとりとまとまり始めたなら、自らの胸に手を当て、「我は怒りよりも大いなる者なり」と静かに唱える。
  4. 【静寂の熟成】
    小さな円錐、または団子状に成形し、風通しの良い日陰で七日間乾燥させる。その間、香には触れず、怒りについて語らず、心を静かに保つこと。沈黙こそが香へ最も強い力を宿らせる。

燻らせ方の心得

「怒りは煙となって天へと昇り、残る灰は新たな心の土壌となる。」

  1. 香に火を灯し、炎を静かに吹き消して立ち上る煙を見つめる。煙を敵へ向けるのではなく、自らの胸へ迎え入れること。
  2. ゆっくりと息を五つ数えて吸い、七つ数えて吐く。吐く息とともに怒りが煙へ溶け出してゆく様子を思い描き、心が静まるまで繰り返す。
  3. 最後に、「我が心は炎に支配されず、静けさの中に力を得る」と三度唱える。怒りは消えるのではない。その炎は、自らを照らす灯火へと姿を変えるのである。

舞香亭レシピ
香りの魔術百科
人気ブログランキングブログランキング・にほんブログ村へ