オリオン座の三ツ星と住吉大社

オリオン座の三つ星と住吉大社江戸時代後期、大坂で薬種と香料を扱っていた商人・吉兵衛は、ある古い航海日誌を手に入れました。虫食いだらけのその冊子には、不思議な一文が鮮明に残されていました。

「神の戸より夜空を望めば、神は三ツ星となって立ち昇る。」

何のことなのか確かめたくなった吉兵衛は、夏の終わり、丁子を詰めた小さな香袋を懐に入れ、神の戸(明石海峡)へと向かいました。丁子は、海を渡って遠方からやってきた香料です。
甘くも鋭いその香りは邪気を祓い、旅人を守る香として古くから珍重されてきました。商人である吉兵衛にとっても、海の安全を祈る縁起物でした。


夕暮れの海は静かでした。吉兵衛は偶然出会った、星の観測を趣味とする和算家と話す機会を得ます。老人は東の海を指差しながら言いました。
「昔の船乗りにとっての海の神は、星の姿をもしていたのです。」
夜が深まるにつれ、東の空に三ツ星が順番に姿を現します。それはまさに、遠く住吉大社の杜から天へ昇っていくのだと言います。

吉兵衛は思わず懐の丁子を取り出しました。袋を開くと、異国を思わせる甘く深い香りが夜風に溶けていきます。
老人は遠くに目を向けながら、さらに静かに語りました。

「この海を越えた者の中で、最も名高いのは神功皇后でしょう。」

吉兵衛はその名を知っていました。住吉大神の神託を受けて海を渡った大和の統治者で、その時代を境に、大陸から新しい文化が日本へともたらされるようになったと伝えられています。

老人は吉兵衛の手にある丁子の香袋へ目を向けました。
「鉄や織物だけではありません。この香りもまた、海を渡ってきたものです。遠い西方では、香は祈りを神へ届けるために焚かれ、その煙は願いを天へ運ぶものと信じられていました。」
吉兵衛は異国の香りを胸いっぱいに吸い込みます。住吉は海の終着点ではなく、大和への入口でした。文化も、人も、祈りも、住吉を通って都へ運ばれていったのです。

老人は静かに三ツ星を見上げました。
「住吉の神は、海を守るだけではありません。海を越えてやって来る新しいものを迎え、大和へ送り届ける門の神でもあったのです。」
吉兵衛は丁子を掌に載せ、夜空を見上げました。その時ふと、古い航海日誌の一文が胸によみがえります。

「神の戸より夜空を望めば、神は三ツ星となって立ち昇る。」

その意味が、今なら分かる気がしました。それは、古代より住吉に集った人々が捧げ続けた祈りの姿だったのでしょう。

———境内に灯された明かりは、煙となって天へと昇る。そして、その香煙はいつしか星々と交わり、今もなお、夜の海を行く旅人たちを静かに照らし続けている。大地の物語を醸し続けるために・・・


▶ クローブ(丁子・丁香)の魔術的利用
舞香亭幻想香炉
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