手にとらば消んなみだぞあつき秋の霜

【超現代語訳】

現代語訳松尾芭蕉野ざらし紀行 故郷に着いたんは長月の初めじゃった。亡くなったお袋の面影は一掃されて、昔とはずいぶん変わってしもた。兄弟は眉間に皺寄せ、「生きとったんか」言うし。
 守袋に入った母の白髪を、この浦島太郎に拝ませてくれた時には泣けてきたが、やがて現実に立ち返ってつぶやいた。
「分厚い秋の霜であっても、手に取れば消えてしまうもんよの。涙もすっかり乾いてしもた。」
訳:Rockets

全文超現代語訳「超解芭蕉野ざらし紀行」

【野ざらし紀行原文】

長月の初、古郷に帰りて、北堂の萱草も霜枯果て、今は跡だになし。何事も昔に替りて、はらからの鬢白く眉皺寄て、只命有てとのみ云て言葉はなきに、このかみの守袋をほどきて、母の白髪おがめよ、浦島の子が玉手箱、汝がまゆもやゝ老たりと、しばらくなきて、
 手にとらば消んなみだぞあつき秋の霜

⇒ 野ざらし紀行の日程表と句

【解説】

故郷に帰りついた時のことを綴った箇所である。この旅のきっかけとなったのが、前年の天和3年6月20日に亡くなった母の墓参である。しかし、意外にも紀行文中での比重は小さい。この句は、「秋の霜を消す熱い涙」と捉えることが多い。けれどもそれは、芭蕉に人としての理想を見る人々の解釈ではなかろうか。芭蕉は、それも計算の上で、如何様にも解釈できる句を置いたのだと思う。また、人によって様々な解釈ができるのも「句」の面白みの一つ。だからして「野ざらし紀行」は、読む人の数だけの違ったストーリーがある物語だと思う。

北堂の萱草
古代中国では北堂と呼ばれるところが母の居所で、そこに萱草(わすれぐさ)を植えたという。
はらから
兄弟のことであり、兄の松尾半左衛門を指す。

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