梅こひて卯花拝むなみだ哉

【超現代語訳】

現代語訳松尾芭蕉野ざらし紀行 去年の秋から旅をしとるという、伊豆の僧侶がおった。共に旅をしたいと言うから、
「それなら一緒に貧乏旅じゃ」
と、尾張まで付き合うた。
 この僧侶が言うにはな、円覚寺の大顛和尚が新年早々亡くなったんと。急なことで驚いて、何はともあれ、和尚に教えを請うとった其角に手紙を書いたんよ。
「梅の花の中へと旅立ったというのに、季節が変わった今、手を合わせる先には卯の花しかないんじゃの…」
訳:Rockets

全文超現代語訳「超解芭蕉野ざらし紀行」

【野ざらし紀行原文】

伊豆の国蛭が小嶋の桑門、これも去年の秋より行脚しけるに我が名を聞て草の枕の道づれにもと、尾張の国まで跡をしたひ来たりければ、
 いざともに穂麦喰はん草枕
此僧予に告ていはく、円覚寺の大顛和尚今年睦月の初、遷化し玉ふよし。まことや夢の心地せらるゝに、先道より其角が許へ申遣しける。
 梅こひて卯花拝むなみだ哉

⇒ 野ざらし紀行の日程表と句

【解説】

旅も終わりに近づき、当初の目的であった「野ざらし」に呼応するように「あの世」に思いを馳せることになる部分。ただしそれは、己の身の上に起こったことではなく、「夢心地」と表現している。

伊豆の国蛭が小嶋の桑門
現在の静岡県伊豆の国市の僧侶。
円覚寺の大顛和尚
鎌倉の臨済宗円覚寺第百六十三世住職。俳号を幻吁。貞享2年正月3日に57歳で亡くなった。
其角が許へ申遣しける
其角は芭蕉第一の門弟で、洒落風俳諧の創始者である宝井其角。大顛和尚を禅の師匠にしていた。其角宛に貞享2年4月5日付の書簡が残っている。文面は以下。
「草枕月をかさねて、露命恙もなく、今ほど帰庵に趣き、尾陽熱田に足を休る間、ある人我に告て、円覚寺大顛和尚、ことし睦月のはじめ、月もまだほのぐらきほど、梅のにほひに和して遷化したまふよし、こまやかにきこえ侍る。旅といひ、無常といひ、かなしさいふかぎりなく、折節のたよりにまかせ、先一翰投机右而巳。
 梅恋て卯花拝ムなみだかな はせを」

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