露とくとく心みに浮世すゝがばや

【超現代語訳】

現代語訳松尾芭蕉野ざらし紀行 西行庵は、愛染宿から右へ二百メートルほど入ったところ。向こうは谷深く、柴を刈るためにわずかに人が行くだけじゃ。しかし、西行が歌うた清水は当時のままで、今も変わらず「とくとく」しよった。もし、日本に伯夷が居たならこの水で口をすすぎ、許由なら耳を洗って、自らを糺したことじゃろう。
「ワシもここに来て、西行のように俗世を離れようと試みてはみたんじゃが、悲しいの、涙がとくとくと溢れるばかりじゃ…」
訳:Rockets

全文超現代語訳「超解芭蕉野ざらし紀行」

【野ざらし紀行原文】

西上人の草の庵の跡は、奥の院より右の方ニ町計わけ入ほど、柴人のかよふ道のみわづかに有て、さがしき谷をへだてたる、いとたふとし。彼とくとくの清水は昔にかはらずとみえて、今もとくとくと雫落ける。
 露とくとく心みに浮世すゝがばや
若これ扶桑に伯夷あらば、必口をすゝがん。もし是許由に告ば耳をあらはむ。

⇒ 野ざらし紀行の日程表と句

【解説】

吉野の西行庵を訪れた芭蕉。西行の使用していた清水を聖水ととらえている。「露」を僅かなことを表現していると考えるだけなら、面白さは見えない。やはり「涙」と見るべきだろう。ここではそれを、思いが叶わぬ涙と捉えてみた。

奥の院
平安時代に金剛峯寺奥院として創建された飯高山安禅寺。明治初年の廃仏毀釈により廃絶するまでは愛染宝塔に愛染明王像があり、愛染宿とも呼ばれた。ここより南は女人禁制であった。
柴人
柴を刈る人。
彼とくとくの清水
西行の歌と伝わる「とくとくと落つる岩間の苔清水くみほすほどもなきすまひかな」。わずかな量の清水であるが、生活には十分だと言っている。
扶桑
中国の「山海経」などに現れる、はるか東海上にある太陽が出てくる巨木。転じて「日本」を指す。
伯夷
周の武王が殷の紂王を討とうとした時に、臣が君を制するのは人の道に反すると諫めた人物。しかし聞き入れられず、周の粟を食む事を恥として首陽山に隠れて餓死した。
許由
清廉な人物で、堯帝が帝位を譲ろうと申し出た時、「汚らわしいことを聞いた」と言って、川の水で耳をすすぎ箕山に隠れてしまったという。

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