【超現代語訳】
千里と別れて、一人で吉野の奥に行ってみたんじゃ。山深いところでな、峰に雲がかかって、谷では霧雨が降りよった。ここに居るもんは小さな家に住んで、木を伐る音を西から東に轟かせながら生活しとる。そんな中に寺院の鐘が鳴りよって、心にずしんと響いてきたわい。昔から、ここにたどり着いた世捨て人は、詩歌に現実逃避して生きてきたんよ。唐の廬山のような場所じゃからな。
それでワシも、宿坊に泊まって詠んでみた。
「一晩宿を貸してくれたお前さんよ。孤独なワシのために、脱いだ服の皺を、叩き伸ばしてはくれまいか。」
訳:Rockets
全文超現代語訳「超解芭蕉野ざらし紀行」
【野ざらし紀行原文】
独よし野ゝおくにたどりけるに、まことに山ふかく、白雲峯に重り、烟雨谷を埋ンで、山賤の家処ゝにちいさく、西に木を伐る音東にひゞき、院ゝの鐘の聲は心の底にこたふ。むかしよりこの山に入て世を忘たる人の、おほくは詩にのがれ、歌にかくる。いでや、唐土の廬山といはむもまたむべならずや。
ある坊に一夜をかりて
碪打て我にきかせよや坊が妻
⇒ 野ざらし紀行の日程表と句
【解説】
ここからは千里と別れて一人旅となる。西行にもゆかりのある、隠棲の地吉野で詠まれた句は、何とも思わせぶり。ここでは紀行文の全体の流れに沿うように、敢えて、「とんでも芭蕉」が浮かび上がるような現代語訳をつけてみた。
山賤
猟師やきこりなど山中に生活する者。
唐土の廬山
中国江西省の名山。仏教の聖地であり、李白や白楽天もここに隠棲した。
碪打て我にきかせよや坊が妻
藤原雅経に「み吉野の山の秋風さ夜ふけて古郷さむく衣うつなり」(新古今和歌集)。かつての都の寂しい有様を、「碪打」の音に託して歌ったもの。「蕉翁全伝」(江戸中期)の「きぬたうちて」の詞書に、「独り吉野の奥にたどりて、誠に山深く、白雲峰に重り、烟雨谷を埋みて、西に木を伐音、東に低き院々の鐘の声は、心の底にこたへて、或坊にひとよあかしぬ」とある。