升買て分別かはる月見かな

住吉大社前にある松尾芭蕉の句碑

ますこうて ふんべつかわる つきみかな

芭蕉の句碑南海本線住吉大社駅を降りると、住吉大社の反対側に住吉公園がある。その中に、芭蕉170回忌となる元治元年(1864年)に建てられた句碑がある。大坂の俳句結社「浪花月花社中」の建立。

松尾芭蕉は、死の1カ月前となる1694年(元禄7年)9月13日、宝之市神事に参拝し、名物の升(一合升)を購入したと見える。この日、長谷川畦止亭での月見に参加する予定だったが体調を崩し、翌日の句会では、この句でもって弁解しつつ「心配は無用だよ」と伝えている。なお、芭蕉は9月9日に大阪入りし、9月10日に流感に襲われたか。その病から回復することはなく、大坂御堂筋の花屋仁左衛門の貸座敷で10月12日に没する。

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末成歳時記

芭蕉句碑巡り 2019年1月4日

芭蕉句碑毎年300万人近い初詣参拝客を集める住吉大社。今にも覆い被さりそうな人波を乗り越えて、有名な太鼓橋を登って行った。この橋が初めて架けられた慶長年間は、下が海だったという。明治時代以降に埋め立てが進んだというから、芭蕉が訪れた時にはまだ、波が打ち寄せていたのかもしれない。今は、見事な松に覆われた池が、無数の人影を映し込む。
芭蕉句碑
祓の神と言われる住吉大社の御祭神は、黄泉からの帰還時に禊から生じた住吉三神と、神功皇后。海難にあって「和魂を祀れ」との神託を授けてこの地に遷座する話が、神功皇后紀摂政元年二月条にある。きな臭い時代にあって、我国の進路を決めた船出の神。そして、和歌の神としても知られている。
因みに、藤原定家はここに霊夢を感じ、西行もまた参籠。芭蕉が病身を押しても参拝したのは、そのようなこともあってのことか。

芭蕉句碑太鼓橋を渡ると、正面に第三本宮。向こうに第二本宮、第一本宮と並び、第三本宮の右隣に第四本宮がある。芭蕉の時代にも、この景色があった。現在の4つの御本殿は全て、文化7年(1810年)に遷宮というものの、住吉造の佇まいは太古から変わらないものである。
升の市の人込みを掻き分けた末に見つけた神秘に、芭蕉もきっと、この歌のことを思っただろう・・・

我見ても久しくなりぬ住吉の 岸の姫松いく代へぬらむ

▶ 松尾芭蕉の句碑

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